最初のfax 最後のfax

初めてfaxが来た日、うれしかったなぁ。プリントアウトしたコピーを送って「便利になったね」なんていってたんだから牧歌的。通信のメインがメールになってからは頻度もぐっと小さくなったけどね。やっと4年前ですよ複合機の回線を解約したのは。

ほんとのところこの10年以上もほとんど使ってはいなかったけれど、メールできないfaxじゃなきゃって人がいたから、その人専用的なね。ついでにいうとコピーやプリンタを使うことも、枚数換算で以前の100分の1、いや500分の1以下かもしれません。

メールに続く次の通信ツールはどんなものになるんだろう

音声の電話があって、そこに文字・ビジュアルのfaxが登場して、今はメールやチャット。そろそろ次の通信ツールが登場してきてもいいですよね。聞く話すから、見る・読む、メールやチャットはあわせ技ですか。ZOOMに代表されるビデオ会議システムもそうなんだろうけど、次はもっと画期的なコミュニケーションシステムが出てくるんでしょうね。

例えば手のひらサイズの通信端末と3Dプリンタの機能を復号化したものとか。アバター同士でのコミュニケーションとかかな。それも凄くリアルなやつ。疑似テレポーション的なイメージ。そこに質感とか、リアルな空間認識が加わるといいのにね。

消えるもの 残るもの 次へと続くもの

むかし聞いた進化の袋小路という言葉が頭に残っています。カンタンにいうと特定の環境に適応しすぎたケース。特殊かともいっていたように記憶しています。ボクは典型的な文化系ですからうまくはいえないのですが、環境への適応がいきすぎると、次に来る環境の変化に対応できなくなるという。直線コースでの最高速度を競うために開発された車が突然現れた急カーブを曲がりきれないみたいな。これじゃちょっと伝わらないかな。

そうですね、大谷投手のストレート160キロに狙いを絞ってバッターボックスに立ったら、120キロのカーブがきたみたいな。バッターなら一球ごとに予測の切り替えはできますが、生物の進化となるとそこは無理。過度の適応は環境の変化にめっぽう弱いのです。

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